東松照明1951-60

　 　　　　　 　　

荒木	森山さん、東松さんにベタベタでしょ？オレはベタベタじゃないからね。オレはベタぐらいなんだよ。
森山	オレはベタベタ。だから東松さんのベタ焼きまで盗み見たわけ。
（中略）
荒木	なんかさ、意味あり気に思想性とかさ、批評性とかさ（笑）。
森山	オレはそれでコロリとだまされた。あると思ったわけよ（笑）。
荒木	思うけどさ、こうやって見ていくと、一枚一枚、完成度が高いっていうのとは　違うんだけど、一枚写真だねぇ。
森山	そういう意味ではね、今度の本は、そういう面白さがあるよね。確かな一点一点の集合体ってい 　　　　　　うか。
荒木	すごいよねー、ローアングル、靴磨きの目線か。そうなんだよね、視線ってい　うか、カメラの位置。
森山	そうゆう直感はさ、すごいのよ、東松さん。
（中略）
＊＊＊	東松さんのイメージってまだ確立されてないですよね。東松さんは戦後写真のなかでしめた位 　　　　　　置は、まだ不当に評価されていると思うわけ。
森山	なんかそんな感じありますよね。
荒木	さらけ出さないんだよね。ずっとそうじゃない。作らせないっていうか、作戦　なんでしょ、無意識の、 　　　　　　ねっ。
森山	でもね、その一方で東松さんは、けっこうちゃらんぽらんで――むろんいい意味でですよ――写真の“銀ながし”みたいなところがあるんだよ。だからうまいんだよ。
荒木	“銀ながし”だっていいなぁ。
＊＊＊	東松さんは、荒木さんや森山さんにくらべたって写真のエゴイストですよね。
荒木	だからオレはくやしまぎれにエロだっていってるんですけど、エゴにはかないませんよ（笑）。エゴがなければ力が薄れるんだよ、写真は。だからオレの写真、やさしすぎるんだよね。
森山	なにをいってるんだよ、いまさら（笑）。
（『東松照明１９５１−６０』特別付録　２０００年　作品社より）

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　昭和二十五年、早大の詫間喬夫、立大の目島計一等が中心になって学生写真家の全国組織が計画された。昭和二十六年、早大卒業後郷里名古屋に帰った詫間先輩から、この計画がもたらされた。そのきっかけは忘れたが、まず東松がコンタクトした。そして、早大の都筑弘雄が全日本学生写真連盟を結成する具体案を持って来名した。その頃名古屋には大学写真部を横につなぐ組織はなかった。そこで、まず地元を固めねばと、東松と二人で毎日のように名古屋の大学写真部を訪ね歩いた。二十六年の初夏、やけに暑かった。夏休みもなかったかわりに講義にもほとんど出られなかった。東松の情熱と彼の人間的な魅力は、まず、中部学生写真連盟の結成となって実現した。昭和二十六年十一月のことである。東松自身の中に、高まりつつあった新しい写真を指向するエネルギーは、まず学生写真界で燃えあがったのである。 （以上抜粋）

　昭和二十九年の一月か二月頃であった。岩波写真文庫の編集部に新しいカメラマンが入ってくるという噂が流れた。トーマス君という人だという。私は、てっきり名取（洋之助）さんがアメリカ人のカメラマンを雇ったのだと思っていた。 　それが、実はトーマツ・ショウメイという日本人だとわかり、やがて本人が出現するに及んで、ひどくガッカリし、と同時にホッとしたことを憶えている。
（中略 ）
　『瀬戸』は、彼の岩波時代における代表作になったばかりでなく、写真文庫二百数十巻のなかでも、ひときわユニークな作品である。 　どんないきさつであったか、いまもって知らないが、名取さんが急に編集部に現れなくなった一時期があり、そのエアポケットのような時期にこれは作られた。私たちは、いくつかの企画を企画会議にかけ、『瀬戸』の企画が通ると、準備もそこそこに瀬戸へ飛んだ。（瀬戸は東松の曽遊の地であり、これは彼の企画であった。） 　暮もおしせまった十一月であった。空っ風に身をさらしながら、粘土で白濁した白い川と煤煙の町を、起伏に富んだ「やきものの町」を、毎日毎日歩き回り、写真を撮った。くたびれたベレーをかぶり、コートの襟を立てて、肩から重そうなバックをぶら下げた二人連れは、あの零細企業のひしめく町では、かなり異様であったにちがいない。
（中略）
　私たちは、夜は呑みながらページ建てやレイアウトを相談し合ったから、これはどこにどんな形で使う写真か決っていた。家族労働に依存する零細な（瀬戸では典型的な）窯屋の規模を示す集合写真を撮る場合など、彼は実に細かい演出をした。そして、彼がどんなに面倒なことを頼んでも、撮られる人たちはみな協力した。取材する対象の誰からも好感をもたれるのは彼の人徳であった。 　ところで、二人が瀬戸にいた一ヶ月あまりの間に、旅館で寝たのは最初の一晩か二晩であった。町はずれに小さなバーがあり、その店の隅の、コタツのある三畳敷に居つづけをしたのである。たぶん、呑んでいて旅館に帰るのが面倒になったのがきっかけであった。もと不良少女だったという年増の美人が経営者で、その友達の、男の子のような女と、経営者の妹にあたる知恵おくれの美少女がいた。「夜に咲く花」と「ひょうたんブギ」のレコードがいつもかかっていて、お客はほとんどいなかった。私たちの旅館代は、そこでぜんぶアルコール（トリスと二級酒）に化けたわけだが、いくら呑んでも帰る心配のない、至極簡便なねぐらであった。その後、「イーシャン」と呼ばれた、その瀬戸美人が上京して東松を訪ねたかどうかはきいていない。彼も私も二十四歳であった。　（以上抜粋）

　最初に変な人だなと思ったのはVIVOの命名の時であった。さて、どんな名前をこの新しい自分たちのグループにつけようかと皆が楽しみながら集まったときのことである。彼は「ヨネ」という名前が良いといい出した。口でいったのだから、それが果して「米」の意味だったかどうかは分からない。この疑問はその後も僕の心の中に残ったけれども、その本意を遂に確かめることなく今日に至ってしまった。勿論、他の全員がこの居酒屋のような、または田舎のネエチャンみたいな響きのする名前に耳を借すはずはなかった。一笑に付されてしまった。僕も変な感覚の人だなと感心したり、ひょっとすると、これは東松君がほれている女の子の名前じゃないかなと思ったりしていた。皆が一向に相手にしないので、東松君は後まで「ヨネって良いと思うんだがな・・・・、いいぜー」と口惜しそうにいっていたのを覚えている。
（中略）
　当時の僕達は、今ふり返ってみると実によく遊んでいた。スキーと、それから何にも増してスキン・ダイビングに熱中していた。だから当時の僕と東松君の関係はVIVOの仲間という以上に遊び友達、モグリ友達という面が記憶に強く残っている。そして、そこでも再三、彼の「ヨネ的感覚」に僕達は遭遇したのである。 　当時、スキーはお互いにはじめたばかりで、皆で打揃っては志賀高原に出かけたりしていた。今、考えると、よくあれだけの多彩なメンバーが打揃って出かけるだけの自由時間が皆にあったものだと驚く位だが、たとえばあるときの志賀高原の石の湯ロッジに集まったときなどは、川田喜久治、東松照明、杉浦満などの写真家の他に杉浦康平夫婦、栗津潔、勝井三雄、和田誠、福田繁雄夫婦、などのデザイナー達も大挙して合宿した位だから賑かなものだった。おまけにこの時は大雪に数日間も閉じこめられたので、スキーよりもポーカーの方に専念しては、将来、スキー小屋と賭ばく場を持つ夢を語り合ったりしていた。東松君も東京でアフター・スキー用にしゃれたダッフル・コートを購入してかけつけたところまでは良かったのだが、意気込みすぎてオレンジ色のアノラックまで買ってしまったのが運の尽きだった。それを着て雪の上に立ってみると、そのオレンジ色はそのまま除雪人夫のアノラックの色と全く同じだったのだ。東松ちゃんのその時の心情は察するに余りあった。次の機会から、決して彼はそのアノラックを着て来ようとはしなかった。一方、モグリ（当時、僕達の間では何事にでもスキーという接尾語をつけて話すのが流行していたので、これもモグリンスキーと呼んでいた。）の方では彼の「ヨネ的感覚」は大ヒットをとばしたことがある。　
当時の僕達のモグリ場は、まだ海がきれいだったので葉山とか真鶴でも結構楽しめた。遠征したにしろ大島そして式根島がせいぜいであった。その頃、まだ泳げなかった川田君は麦わら帽子をかぶってたき火の番人だった。僕達は雨の日でももぐりに出かけていたのだ。川田君は余程この時の屈辱感が忘れられなかったらしく、後年、３０の手習いで泳ぎを覚え、近年のキャノンの自写像ではプールに浮んだ勇姿を見せて、その長年のうらみを果したことは祝福に価する出来事であった。海に出かける度に僕達は、必ずモグリの小道具としてスポーツ店で発見した新兵器をたずさえていっては自慢するのが愛きょうであった。新しいタイプのシュノーケルなどはまだよい方で、腹ばいに寝ころがったまま水面下が見える窓つき浮きマットとか、行きには手さげ袋になって、海では浮きまくらにふくれ上るというビニール袋などというがらくたを買い込んでは毎回楽しんでいた。
（中略）
　ただ、当時の僕達にはゴム製のダイビングスーツは高嶺の花で、たまにそのようなものを着こんだ人達に海で出会うと、羨望のまなざしで見つめるのだった。そのような日々が続いたある日、東松君が突然、例の手さげ袋から黒色の奇妙なものを取り出して身にまとい始めた。何事が起こったかと皆が眺めているうちに、それは何やら妙なものに変形しだした。彼が完全に着終わった時僕達は唖然として彼の勇姿を見上げた。彼はダイビング・スーツを着ているではないか、僕達が夢にまで見ていた黒装足である。一瞬の感動の後、僕達はふき出してしまった。彼はモモヒキとメリヤスのシャツを黒く染めて身につけていたのである。僕達は砂浜の上を転がり廻る程に笑った。そして、その涙ぐましい発想に再び双手をあげ感動の拍手を送った。次の機会から僕達が皆、黒いトレパンをはいて海に潜りはじめたのは当然の成行きだった。　（以上抜粋）